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歩く犬の独りごと

駆けだしフリーランスのひとりごと

フリーになったら、肩の力が抜けて、緊張感が手に入った

ふと、フリーになる前を振り返る機会があったので、その雑感を書いておく。

 

フリーになって、私は、「肩の力が抜け」て、「緊張感」を得た。

(変なところで真面目な性格だから、だと分析している)

順に説明すると、

 

肩の力が抜けたのは、

「この商談、契約取らなきゃ」「目標に届きそうにないから、休めない」みたいな変な感情が一切ない。この1年くらい。

もちろん、一緒に働くクライアントさんの目標に向けては、本気で仕事に取り組むし、

真剣度は、寧ろ上がっているくらいだ。

だけど、どっぷり浸かりすぎてないので、変な力みはないのだ。

 

緊張感を得たのは、「頂いている対価に対して、しっかりバリューを出す」ということ。

当たり前なのだが、仕事の波が多少あるにせよ、「頂いている対価以上の仕事」ができていなければ、お払い箱である。解雇規制も何も存在しない。

 

そんな環境に身を置くと、緊張感が適度に手に入る、という感覚を持ち、かつ、

「より高いバリューを出すにはどうしたら良いだろう?」と考え、勉強し、努力する。

 

当たり前っちゃ当たり前なのだが、そんなことが習慣化している、と感じる。

 

双方を通じて感じているのは、「人は自分を囲む環境に影響される、徐々に」ということ。

気づかないうちに(気づくかもしれないが)、今いる環境にちょっとずつ、染まっている。

 

そんなことをふと思ったので、忘れないうちにメモをしておく。

プレイングマネージャー、という立ち位置をどう捉えるか

プレイングマネージャー」という言葉によく直面する。

忙しいミッションで、成果は高く、人的リソースが潤沢でない場合、

マネージャーが少なくない割合で、プレイングマネージャーとなる。

 

この言葉は「自らも数値を持ち、かつ、マネジメントもする」という意味で使われることが多い(と体感する)が、

捉え方に、けっこう違いがあるのでは?と考える。

 

・どっぷり現場の業務をしつつ、並行して、マネジメントも請け負う。

 一時的にプレイング、ではなく、プレイヤーとなることは寧ろ必要な行為と捉え、

 業務にあたるという考え方

・マネジメント業務を主軸として、ゆくゆくは現場を離れることを念頭に置きつつ、

 「どうすれば自身が現場から離れても、現在と同じだけの成果が生み出せるか?」

 を考え、メンバー育成や仕組みの構築を行う。

 かつ、「現場で何が起こっているか」を正しく把握する、という目的を主眼として、

 プレイヤー業務を行う。

 同時に、最前線では強力なプレイヤーとして成果を創出する。

 

前者は近視眼的であり、自身を取り巻く環境に対して思考を停止しているのに対し、

後者は中期的視点に立ち、かつ、自身の効果的な役割を十分に思考する。

(そして、プレイングマネージャー、と言われる人たちの8割くらいは前者として埋没している)

 

結局は、自身の職務・立ち位置に対してどれだけ思考できているか、が重要なのだ。

環境を選択するセンスと力

多くの人は、自らが選ぶ環境に影響を受けている。

日常の、身の回りの人に引っ張られる。

(親しい友人5名の年収の平均値が、その人の年収、と言われたりするし)

 

で、現代の日本では、全てではないが、ある程度は環境を選べる。

 

どこに勤めるか、余暇はどこで過ごすか、

(そもそも余暇のある仕事を選ぶか、そうでない仕事か)

どこで学ぶか、どんな本を読むか、などなど。

 

自分が環境から大いに影響を受ける、ということを受け入れ、

ではどんな環境から影響を受けたいのか、を考え、環境を選択する。

 

ここに、最大のエネルギーを注いだ方が良い、と思う。

 

環境を選ぶことに妥協し、その環境に不平不満を感じつつ、甘んじるのは、

とっても勿体無いことだと思う。

 

週末のひとりごと。

書籍:ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング エディー・ジョーンズ

【才能と努力、姿勢とあり方について考えさせてくれる一冊】

ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング

エディー・ジョーンズ

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刺さりまくり、響きまくり、襟正されまくり。

色々振り返り、思い出すと、思い当たるフシありまくりです。

 

書かれている理論・考え・構成はロジカルだけど、ココロで味わう一冊。

超いい。

フリーで売り出すには「特徴」持たせるとわかりやすいよ、という話

たまには、肩書き通りフリーランスネタを。

 

独立当初から色々実験を、試行錯誤をしているのですが、

自己紹介の仕方や、紹介のしてもらい方は、特に工夫しています。

 

特に私の場合、経営コンサルとか、新規事業コンサルとか、割とふわっとした仕事を

(悪く言えば尖っていない仕事を)してきたと思っており、

特定の「技術」を売りにするのが、当初苦手でした。

(エンジニア、とか、デザイナー、とかだと、腕一本で食っていけると思いますが、

 ふんわりしているので、明確化されたスキルが出しづらい)

 

広く色々仕事の機会を得たい、と思いつつも、何をやってる人か分からないと、

話題のフックも掛かりづらく、紹介された場も盛り上がりづらい、という感じだったのです。

(特に大勢の場、交流会とかでは。交流会等から仕事に繋がりにくい、という別の観点もあるのですが、それはまた別の話)

 

で、あるタイミングから、「人事」とか「採用」とか、これまで経験した職務を明文化し、きちんと自己紹介で伝えるようにした結果、

(一方で、そればっかりやってきた人に比べると経験が浅いのですが)

話しは進むようになりましたとさ。

 

人はラベリングを好むなぁ、という気づきのお話しでした。

相手の立場に立って、とよく言われるけど

色々なシーンで、「相手の立場に立って考えよ」って、よく言われる。

 

顧客に対して、同僚に対して、上司に対して、友人や恋人・家族に対して、など。

 

で、主には説教じみて言われるんだけど、

(新卒2・3年目くらいまで、このことでよく怒られた)

 

最近思うのは、

「『相手の立場には立てない』ということを知る」

ってことなんじゃないかと。

 

「あなたの立場・目線に立ってますよー」って言われるのは何か違うし、

それで何かしらのズレが生じた時に、「なーんにも分かってないじゃん」って

落胆することがあるのだとしたら、

 

最初っから、

「相手の立場に立つ、ってのはほぼ不可能なんだけど、それを飲み込んだ状態で、

それでも相手の立ち位置に立ちにいく努力をしようぜ」

くらいが、丁度良いんじゃないかなー。

 

・・・相手の立場に立てってさんざ言われてきたバックグラウンドは理解されない、

という経験からきてるのかもしれないな。

経験から学ぶ能力って、フォーカスされてないけどとても大事

仕事していると(仕事に限らず)、色々と経験を積んでいくのだけれど、

一つの経験から何を学ぶかって、人によって本当に大きな差があると思う。

 

例えば、一件の営業訪問をやったとして、

訪問した後、「さあ次」って、何も考えずにいってしまう人もいれば、

訪問の目的・目標をしっかりと立てており、

目標を達成するための仮説・プランを立て、準備をして、

訪問した後で、上手くいったこと・上手くいかなかったことを棚卸し、

上手くいったことを再現するにはどうしたら良いか、

上手くいかなかったことは、どうしたら上手くいったのか、を考え、

軌道修正までする人もいる。

 

例えば、一つのセミナーや勉強会に出たとして、

「ああ、勉強になったな」って日常に戻るだけの人もいれば、

テーマに対して、予習をし(可能なら事前に講師に質問をし)、

自分なりの仮説や疑問を整理しておいて、

参加後、自分の仮説との違いは何か、を考え、

新たな気付きを整理し、

自分なりに仕入れた内容を、誰か他者にシェアしてみて、理解度を補強し、

明日から取り入れる要素を明確にして、実行する人もいる。

 

そして、「経験から学ぶ能力」は、先天的なものではなく、

後付けで身につく、訓練で身につく習慣だ。

 

ちょっとした注意の積み重ねなのだが、大きな差に繋がるなー、と、最近思う。